本人・実話

06-07-15 duyanh20 0 コメント

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ビクトリア州知事デニス・ナプタイン(Denis Napthine)によって授与された2013年Premier Award – International Student of the Year(国際学生年間賞)
受賞者ダン・ティ・フオン(Dang Thi Huong)さん – 素晴らしい勇気を持っている小柄な女性です。

    ダン・ティ・フオンさんは不幸な家庭に生まれました。ご家族が5人いますが、お父さん、お兄さん、妹さんの病気がなかなか良くならないでした。お母さんが家族の屋台骨になりました。お母さんの苦労や病気で苦しんでいる家族見ると我慢できなくなり、フォンさんは退学して中学1年の大好きな制服を隠しました。毎日仲間が学校へ行っている時に、毎日むっつりしながらフオンさんは炎天下の水田であくせく働かなければなりませんでした。大人達の屈辱を我慢しながら、お母さんと水田へ出て種もち、人生苦路で太陽と雨の課業を受けました。

     しかし、フオンさんのチャレンジはまだ終わっていませんでした。この小さな命の力がまた試されるようでした。そして、お父さんの病が悪くなる一方だったので、水田から取得が不十分になってしまいました。だから、フオンさんは家族と離れて都市を移動して裕福な家庭のお手伝いにならざるを得ませんでした。生業や家族の為に、フオンさんは歯を食いしばって雇用主の家族の酷薄を我慢せざるを得ませんでした。フオンさんがお母さんに毎月送った小金の給料は150,000ベトナムドンでした。郷愁を感じたり、苦労し、罵られたフオンさんはずっとたくさん泣きました。

     でも、フオンさんは学校へ行くのをずっと望んでいました。たくさん悩んでから、18歳になったフオンさんは復学することにしました。しかし、雇用主の家族は、そのことに対して、受け入れられなかったので、フオンさんが学校へ戻るために良好な状態を作ることも受け入れませんでした。そしてフオンさんは解雇されました。そして、仕事がないし、お金もないし、家族なしで居所もなかったのに、フオンさんは復学することにしていました。全世界が彼女のことを反しているようです!痛みばかり続きました。

     しかし、この少女は絶望に沈み込んだ代わりに、努力を踏み板として絶望を利用し奮闘することにしました。重篤な病気を抱えているお父さん、苦労しているお母さんそして、兄弟姉妹のことに考えたときに、フオンさんはあきらめる理由がないと悟りました。これはこの少女の底力です。

     フオンさんは特別支援学校の授業(中学校3年生課程に当たり)を受けることにしました。時間の間に、お金さえ稼げばと思い、レストランで皿洗いをしたり、裕福な家庭で働いたりするをしました。二十歳になったとき、フオンさんはKOTO Restaurant (厳しい受験で浮浪児にレストラン・ホテルの職業訓練を提供する団体)の受験に合格しました。フオンは、KOTOの職業訓練課程のみならず、特別支援学校の課程を完了することを決めました。フオンさんは英語を学び始めました。将来の扉を開け、インターコンチネンタル ハノイ ウェストレイク(INTERCONTINENTAL HANOI WESTLAKE)で働けたが、フオンさんはKOTOへ戻ってきてほかの浮浪児を保護し続けます。KOTOのマーケティング部長、グェン・トェット・チンは、「マーケティングのスキルや専門知識など得たことがなかったのに、フオンさんの仕事を理解する能力はとても鋭いと思いますと言いい、いつでも素晴らしい成績を収めますので、本当に我々の誇りですね。」と言いました。
それだけではなく、やはり好学のフオンさんは「そのままでもいい」の考えを許せなかったので、もっと自分が努力することに激励していました。それはベトナムの利益のためには、ほかの国の最高のものを学ぶことです。フオンさんは世界一流の1つであり、世界の平和な国と評価されているオーストラリアへ留学することにしました。

     やはり、留学生の生活は、たやすくはないでしたが、フオンさんは諦めませんでした。オーストラリアの最高のものを一生懸命学びました。授業料や生活費の支払をするために、できる仕事はなんでもしました。好学や頑張りのおかげで、フオンさんの苦労がやっと報われました。フオンさんは Box Hill Institute の「2013 International Student Ambassador」(留学生大使)になりました。最近、フオンさんはRMIT大学の2万豪ドルに当たる名誉賞(専攻分野:経営学)を与えられました。昔の低い自己評価をした少女の面影はなく軽快な声でフオンさんは、「私は社会起業家になり、困難を持つ子供に関する問題のために解決策を調べたいです。」と言って自分の夢を語っています。



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